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cici123

2016年05月26日

幸福,拐了一個彎

那個傍晚,幾乎毀了她一生的幸福。
  她沒有任何預感。灶上的火剛停,看了看牆上的表,男人往常都是在這個時候邁進家門,一邊嚷嚷著餓死了,一邊跟她盤算著一天的收成。
  男人好手藝,幾家建築工地搶著要。工資翻著番兒地往上漲。男人有一天喝醉了酒,滿臉深情地對她說,地裏的活太重,你還是別幹了,我養得起你。
  她就聽男人的,安安穩穩地呆在家裏相夫教子。
  日子像慢火熬粥,熬著熬著,就有了綿長的滋味,馥鬱的濃香。
  ……
  桌上的電話響了,很急促的鈴聲。她的心突然跳得厲害,拿話筒的手有些顫抖。
  電話是男人的一個工友打來的,他,出事了。
  計程車上,她的語氣裏帶著哀求,能再快一點嗎?司機師傅不言語,腳下加大了油門,車子風馳電掣般疾駛在去往重慶紅樓醫院的路上。
  男人被送往了手術室。醫生說,做最壞的打算,或者,成為植物人。
  夜,不合時宜地降臨了,她的心陷在黑暗之中,透不出一絲光亮。
  在家屬等候區,她坐立不安。一個人來到窗口,俯瞰著城市的夜色。她想,每一盞桔黃色的燈光背後,都有一個動人的故事正在上演吧,為什麼屬於她的那個故事,就已經破碎,不完整了呢?
  時間一分一秒地消逝,窗外的燈光漸漸暗了下去,喧嚷了一天的城市,沉沉入睡。
  手術室的門開了,她看到,早晨離家時那個生龍活虎的男人,僵直地躺在擔架車裏,身上,插滿了各種管子,血跡斑斑。
  手術還算順利,至於能否度過危險期,醫生不敢貿然做出決斷,只是淡淡地說,看他的造化吧。
  這一夜,很漫長。她拉著他的手,哭著,笑著,她緊緊地盯著監護儀上不斷跳躍的數字,微弱而雜亂的氣息告訴她,她的男人正在生與死的邊緣徘徊。她要拽住他,死命地拽住他,不讓他向那個危險的深淵墜去。
  曙光還是來了。男人的呼吸慢慢平穩,醫生說,有好轉的跡象。那縷破曉的曙光,印上了窗子,也給了她重生的希望。
  在紅樓醫院醫護人員的精心救護下,男人奇跡般地蘇醒了。蘇醒過來的男人意識有些混沌,茫然的眼神在每一張圍過來的臉孔上逗留,移開。看到她時,男人眼睛亮了一下,嘴唇動了動,似乎是想笑,卻因為嘴裏插著的管子,露出一副痛苦的表情。她知道男人已經認出了她,他一定是在沖她笑,那是她一生見過最燦爛的笑容。
  男人從重慶紅樓醫院出院的時候,還像個躺在床上的大嬰兒,有時,會很依賴她;有時,又會沖她亂髮脾氣。她說,不怕,只要人還在。語氣裏,從未有過的堅定。醫院的帳單,她小心翼翼地折了又折,藏進貼身的衣兜裏,騙床上的男人說,幸虧前些年瞞著他入了份保險,幾乎沒花著自家的錢。她的衣兜還裝著另外一張紙,密密麻麻地,全是她欠下的債。
  天氣晴好的時候,她會把男人推到院子裏曬曬太陽。她要回了轉讓出去的幾畝農田,又在附近的村子裏,找了一份縫紉的活兒,無論多忙,她都要回家看男人一兩次,陪他說會兒話,或者是倒上一杯熱水,放在他的手邊。最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里。
  男人能說幾個字的短語了,有一天,她正在為他擦臉,聽到男人歉疚地說,是我拖累你了。她怔了怔,很大聲地沖著男人喊道,你這是幹什麼,我養得起你。說完,覺著有些耳熟,這不是之前男人對她說過的話嗎?
  前半生,男人為她開疆拓域;後半生,她要為這個男人撐起一片天。
  她覺得,幸福只是拐了一個彎,幸好,又被她追上了。
  


Posted by cici123 at 16:57Comments(0)

2016年05月25日

掌聲

一次不經意的掌聲 ,也許可以改變一個人的一生……
  二
   當站在即將成功的道路上時,不相信自己能力,但又不能退縮時。再多的言語也無濟於事。但只要掌聲響起,蘊藏在心底的成功之魔。便會被會被你的成功之欲所喚醒,帶你走向成功之路。
  三
   掌聲:
   是倆只手打在一起發出的聲響……
   是鼓勵一個人前進、快樂、堅強、勇敢、不怕困難的一種方式……
  四
   當一個人後退之時,給他一點掌聲,讓他走出陰暗。讓他知道他並不是一個後退者,他也有他的長處。至少,還有人關心著他,注視著他,鼓勵著他,讓他早日走出陰影……
   還有人想看到他的成功……
   當一個人因某件事而痛苦時,跟他說什麼他都不會聽的。倒不如帶著善意的微笑,輕輕地坐在他的身旁,送給他一些掌聲……告訴他“烏雲不會一直遮住太陽,光明總會到來!”然後,輕輕地一笑再送上一句“朋友,不是嗎!柳暗花明又一村!”
   當一個人意志薄弱時,對生活失去信心時……悄悄地走到他的身旁,送給他一些掌聲,鼓勵他說“朋友,給自己一些掌聲,相信自己總會成功!”最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里。
  五
   給別人一點掌聲,也給自己一些掌聲。在掌聲中勇敢、快樂、堅強,前進起來吧……
   給自己一些掌聲,相信自己,成功就在眼前……
  


Posted by cici123 at 16:59Comments(0)

2016年05月24日

今夜,讓雨落入心裏

今夜,細雨霏霏,伴著清涼的風,落入夢裏,心裏。夏日裏的雨,總是給人這般的清涼舒適,落入不曾忘記和不曾擁有的記憶裏。一陣陣清涼的風,吹動窗外的樹枝,夾雜著細雨細細碎碎的聲音,吹落夏日裏的雨,吹散內心深處的心事。雨,就這般飄飄灑灑的落進夢裏,落上心頭。
午後,還在夢境裏,便聽到了雨落的聲音,疲憊的身軀,不想睜開的雙眸,意識朦朦朧朧,即使不願醒來,卻被這淅淅瀝瀝的雨聲吵醒,下雨了,我告訴自己。伸個懶腰,翻個身,打算繼續睡去,可是卻沒有了睡意。於是我起身,走到半開的窗子前,看向外面。清涼的風從窗外吹進來,吹動我淡藍色的窗簾,窗簾隨著風的節奏在舞動,多麼美麗,像起舞弄清影的舞者。一陣清涼的風略過我的肌膚,我不禁打了個哆嗦。
今年北方的夏天一直不太熱,對於我這個怕冷的人來說,這麼點兒的涼已經有點冷了。風一陣陣的吹來,窗外是刷刷的雨聲,不時從窗外的樹上傳來幾聲鳥鳴聲,與淅淅瀝瀝的雨聲混合在一起,有一種獨特的美,像是一次不謀而合的演奏,又像是一場早已預謀好的演出。此刻,它是不是在淋著雨?我在想。又是一陣涼風,我使勁搓了搓胳膊,然後拿外套穿上。
雨就這樣淅淅瀝瀝的從中午下到晚上。相對於潔白無瑕的雪來說,我更喜歡雪,喜歡它的純潔,喜歡它的浪漫,更喜歡發生在有雪日子裏的故事。落雪,往往給人一種興奮的感覺,而落雨,卻有太多的憂傷感在裏面。
雨天,路上少了形形色色的人流。而我,總喜歡在這樣的雨天窩在家裏,放一曲優美動聽的旋律,從窗外望著遠方,任思緒跟著飄飄灑灑的細雨飄於天南地北。是思念的天氣,多了一份孤單和落寞,一個人孤單的站在窗子前,任憑清涼的風肆意的撫摸臉頰,吹亂髮絲。畢竟是夏日的雨,夏日的風,一件薄薄的外套在身,便已感覺不到冷。
北方夏日的雨,有時也會來的太突然,讓人有點措手不及,原本晴朗的天,轉眼間就烏雲密佈,不一會便有雨落下來,來的太快,太突然,一陣陣,便又是大 晴天。一場雨的降臨,洗滌了夏日的燥熱和心煩。好像熱跟煩總是有聯繫的,天氣太熱,會不明所以的煩躁不安。然而這樣一場雨的降臨,更像是一場及時雨,洗滌 了內心深處的煩躁與不安,洗滌塵世的繁華與喧囂。
夏日的雨,與秋日的雨有著太大的區別,不論是從人內心深處的感受,還是從雨的降臨來說。秋雨,總有太多的哀傷淒涼感在裏邊,古往今來,有太多的文人騷客在秋日落雨的日子裏抒發內心情感。且,秋雨一下就是好長時間,密密綿綿,從早到晚,從晚到早,伴著枯黃的樹葉一片片的飄落,太多太多的淒涼感油然而生,更是多少遊子思鄉思親人,多少思婦思愛人的天。而夏雨,卻像是清滌劑,洗刷了人們內心的煩躁與不安。所有的新綠,被一場雨洗刷的乾乾淨淨,雨後,空氣更加清新,陽光更加明媚,心情更加舒暢。
下吧,伴著我今夜的夢,落入心田,落上心頭。註定了要在這樣的日子裏想念,滴答,滴答…是雨落的節奏,我思念悸動的開始。心在雨裏交織成一張網,將一份想念牢牢套上心頭,一樹的綠,映入眼簾,陣陣風吹,便有劈裏啪啦的雨水順著葉脈落下。風吹斜了細雨,吹幹了眼角溫潤的淚滴,那是思念的淚滴,不知何時爬上眼角,又不經意間被風風乾。
多少想念,如天空飄飄灑灑而落的雨滴,灑落於天地萬物之間,灑落想念的每個角落。優美而傷感的音樂縈繞在耳畔,思緒卻飄於天空之上,與細雨糾纏不 休。雨聲一陣大一陣小,閉上眼睛靜靜的去聽,靜靜的去感受,這也是大自然今夜帶給我們的樂曲,只是我們從來沒有用心去傾聽過。你聽,那雨聲裏有歇斯底里的 嘶吼,有溫柔的喃呢,有哀傷的歎息,有孤單的埋怨…
望雨,希望可以望眼欲穿,卻看不透塵世的紛繁複雜。會在這樣的雨天裏迷失了自己,多希望只是一場雨,何來的這麼多感歎?多希望只是這樣的一場雨,何來的想念?是不是這樣的夜晚,應該窩在愛人溫暖的臂彎裏,訴說衷腸?或是牽著愛人的手,一起在雨裏淋個通透,感受這場來帶來的刺激與愉快?只是這樣想想,也只能是這樣想想。最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里。
撚一指清清淺淺的時光,在這樣的雨夜裏,一份孤單,一份安然。思緒在雨裏放飛,肆無忌憚,心無法波瀾不驚,隨著一滴雨的落下,蕩起一圈圈漣漪。心開始顫動,夢開始變的模糊不清,不知是夢,還是現實。總是太過擔心,反而模糊了視線,心也蒙上了一層淡淡的紗,想念開始佔據思緒,剝奪夢的主宰。
歲月清淺,時光 瀲灩。今夜,誰又在我的夢裏?我又在誰的夢裏?時光深處打撈著你曾給的暖,總有一些人,會淡出記憶,又有一些新的人跑上心頭,循環往復,來來走走。夢境裏 的出現,是歲月不經意的瞥見,註定了是在夢裏,夢醒,一切不見,你還是你,我還是我。從來不是誰的誰,只是在落雨的日子裏,我們急匆匆擦肩。
一直在紅塵裏行走,不時相逢,不時別離。仿佛是一場雨裏的奔跑,同時邁出腳步,又同時站在同一屋簷下避雨,而當雨停的那刻,我們又將開始新的奔跑。不經意的相逢,註定的別離。
雨,還在下,一滴滴落入我的心頭,思緒在夜色裏蔓延。下吧,就讓雨落入我的眼角眉梢,落上我的心頭。今夜,如此安靜,雨聲如此清晰,聽,滴答,滴答,滴答……
  


Posted by cici123 at 16:47Comments(0)

2016年05月23日

避けられてる?

みなさん、ご機嫌いかが?

今日は午後から雨になりました。

昨日のうちにモモタのシャンプーをしておいて良かったです(^_^)v

昨日シャンプーしたあと、モモタはすっかり拗ねてしまいました(-_-;)

夜になるまで姿を隠していました。

呼んでも無視!最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里。

ま、いつもお返事しないんですが。
バナナが気になる茶々ニコニコ

以前バナナを舐めて変顔になったのに、何故か気になって仕方ない様子です(-_-;)


今日は仕事をサボり、、、、休みました。

朝から車のエンジンがかからなくなりました。

原因はガソリンスタンドでオイル交換した際にオイルを入れすぎた事らしいです(-_-;)

ガソリンスタンドの店員さんがそんなミスをするとは。

自分でオイル交換する人もいるのに、私は機械全般に弱くて一日棒に降ってしまいました。

でも、一日余分に休めてラッキーウインク

朝から体がダルかったので、仕事をしないですんだのは天の恵みでした。

今日もご訪問ありがとうございました。  


Posted by cici123 at 16:41Comments(0)

2016年05月20日

僕は犬である。 名前は言えない

犬派と銘打っておきながら、 犬の話を書いていない事に気付いた。
 ここらで、 登場させよう。

 小学校一年生の時、 山の中の 小さな村に住んでいた事は書いた。
 そこで 犬を飼う事になった。

 村に一軒しかない何でも屋さんに わざわざ注文して取り寄せた 牛肉 を、
 何者かに盗まれたのが発端だった。
 父は 激怒し、 落ち込んだ。
 よほど食べたかったらしい。

 何しろ 周りは山ばかりの村だ。
 おそらく、 野犬か、 肉食の獣の仕業であろう と考えた父は、 急きょ 番犬を飼うと言い出し、
 早速、 何処からか シェパードの子犬 を手に入れた。

 シェパードだから、 大型犬だから、
 と 特大の犬小屋 を製作し、 白いペンキで 塗りたくった。

 小さな子犬が やってきた。

 父が 名前を付けた。
 なんと、 住んでいる 村の名前 を そのまま犬の名前にしたのだ。
 ありえない。
 村にも、 子犬にも失礼だ。
 よって、 ここに名前を明かせない。 住んでいた村が 分かってしまうからだ。



 東京都にも 村がある。
 檜原村  利島村  新島村  神津島村  三宅村  青ヶ島村  小笠原村
 どれも立派な良い名前である。
 ただし、 村の名前としては、 である。
 犬の名前 としては どうかと思うのは、 吾輩ばかりではないはずだ。


例えば、
「ヒノハラ、 お手」
「カミツシマ、 伏せ」
「オガサワラ、 お預け」
 どうだろう。
 そこはかとなく 失礼感が漂うばかりでなく、 たいそう 呼びにくい。 
「リシリ  おすわり!」

 父に ペットの名前をつけさせてはいけない と、 その時悟った。
 子犬は雄だった。 可愛かったが おバカだった。


 最初につれてきた時、
 あまりの可愛らしさと、 予想を裏切る小ささに
(何しろ、 散々 大型犬と連呼されていたので)、
 抱いたまま 家の中に入れてしまったのがいけなかった。

 座敷の真中で、 おもらし してしまったのだ。
 あわてて 庭に下ろしたのだが、 遅かった。

 そこを 自身のトイレと決めてしまったらしく、 何とかして座敷に上がろうとする。
 成功すれば、 しっかり 座敷の真中で、 満足そうに おしっこをする。
 そういう事が 何度か繰り返され、 対策を講じた。
 少しでも足がかりになりそうなものを 取り払った。

 ド田舎の 農家の離れ である。
 バリバリの狭い日本家屋で、 シェパードを 室内犬 として飼うという発想は、
 どこをどうほじくっても 出てこない。

 吾輩と妹は、 おおむね 縁側(えんがわ)から出入りしていたのだが、
 足台にしていた敷石がなくなった為、 運動能力を試される仕儀(しぎ)になった。
 七歳児と二歳児にとって、 田舎家の縁側は 高い。
 靴を持って 飛び下りる。
 帰りは、 先に靴を脱いで、 飛び上がる。
 縁側が汚れるし 危ないから と禁止された。
 が、 なかなか親の言う事を聞かない 姉妹 であった。
 妹は、 二歳児だったくせに よくやったものだ、 と 今は褒めてやりたい。


 さて、 犬の為に、建設した ホワイトハウス だったが、
 どうも 子犬の方は 気に入らなかったようだ。
 鉄格子のはまった窓が 嫌だったのだろうか。
 いっこうに入ろうとはしない。

 父は、 何でもないふりをしたが、 相当がっかりしていたようだ。
 背中が 寂しい と語っていた。

 代わりに 吾輩が入って、 お昼寝した。
 広さは十分だ。
 しかし、 母に見つかって、 ものすごく叱られた。

 鉄格子の中にいる我が子 を見て、 喜ぶ親は 稀(まれ)である。

最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里。

 その後、 父の転勤やら、 その他 大人の事情が相まって、
 子犬のうちに、 村の名前の犬は、 他にもらわれていった。
 犬好きな人らしい と聞いた。
 泥棒に入られて、 番犬を欲しがっていた とも聞いた。

 新しい飼い主から、 まともな名前 をもらっていれば良いのに、 と思う。
  


Posted by cici123 at 15:58Comments(0)

2016年05月19日

一応 所信表明

吾輩は ねこじゃらしである。
 さらりと流せ!  突っ込むな! 当然 その実態は人間である。
 道端の草が 文章を書く訳が無い。

 人類を 犬派と猫派に分けるならば、 吾輩は 間違いなく犬派である。
 まったく 断固として 犬派に間違いない。
 然るに、ねこまんま が好物であることも また 確かな事実である。
 飯に鰹節と醤油を乗せ、汁をかけるのが基本だが、
 佃煮や塩辛等 ご飯のお供を乗せても 問題ない。
 さらに 前日の残り物でも いっこうに差し支えない。

 そこで 一つ疑問がある。
 何故 あれをねこまんまと云うのか、少しばかり納得がいかない。
 今でこそ ドックフードやらキャットフードやらを食している犬猫が多いと推察するが、
 なあに 昔は、 少なくとも昔の日本では、犬だって似たようなものを食していたはずだ。
 いぬまんま では何故いけない!

 と いちゃもんを付けつつ、ここは ねこまんまで妥協することにする。
 吾輩は 「妥協」という言葉も 意外に好きだ。 

 考えてみたら、なにも無理やり分ける事も無い。
 ありていに云えば、どっちでも良い。
 吾輩は 生きとし生けるものを こよなく愛するからである。

心が 海の如く広い と言っておこう。

 犬猫以外の動物だって それぞれに素晴らしい。
 鳥類だって 魚類だって なかなかのものだ。
 爬虫類と両生類も 見ている分には面白い。

 かといって、 吾輩がペットマニアという事ではない。
 飼った事があるのは ごく少数である。
 犬、猫、兎、文鳥、金魚26匹、数日鰻、一瞬ナマコ、一時委託亀、くらいのものである。
 少ない。

 しかし 隣家の屋根で運動会をしている雀を見るのは楽しいし、
 実のところ、鴉は秘かにお気に入りである。
 毎夜訪れて、植木鉢の虫を駆除してくれた蜥蜴くんには 感謝している。
 本来、鳥は大空を飛んでいるのが美しい。
 獣は野山を駆けているのが素晴らしい。

 この地球上に生息している生き物は どれもこれも なかなかに興味深い。
 植物も例外ではない。
 何故かというに、 やはり 生命は奇跡なのだ と思うわけである。

 ちなみに、鰻は 後日うな丼になり、成仏してもらいましたともさ。
 美味かった。
 海で拾ったナマコは、寝ているうちに一晩で消えた。
 父の酒の肴になり果てたらしい。
 幼かった吾輩は ペットにしようと思っていたのに……。


 かく言う吾輩は コンラート・ローレンツのファンである。
 「八つの大罪」「ソロモンの指環」は愛読書だ。
 なんとカッコイイ題名であることか。
「犬派のねこまんま」とは えらい違いである。
 亀井一成著「ぼくはチンパンジーと話ができる」
 ロバート・F・レスリー著「カケスは毎日ハードボイルド」
 上記の二冊は古い本だが、吾輩の宝物最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里なので、ずうっと手元に置いてある。
 やはり 題名が いかにも良い感じである。
 それに引き換え「犬派の……いや、やめよう。

 こういう名著に対抗しても無駄である。
 吾輩は 今までに出会った生き物たちのことなぞを
 そこはかとなく書き綴ってみようと思うわけである。
 但し ねこまんまである。
 何でもかんでもぶっかけちゃうのである。
 何処に行きつくかは 吾輩も知らない。

 最後に言おう。
 吾輩は 断固として 犬派である。

 海には 海峡だってあるのだ。 
  


Posted by cici123 at 16:34Comments(0)

2016年05月17日

『羊と鋼の森』 宮下奈都

台詞のやりとりが、少女漫画のようにフワフワしていて、
文体も国文学的ではない。
描かれるものの視点重心も落ち着かず、
読んでいて気が散ってしまう。
それが作者の欠点なのか、
それとも読者である私が年を取ったせいかは、よく分からない。

ただ、設定は非常に美しい。

  北海道の厳しい自然の中で育ち、都会に馴染まない若者が、
  ふとしたきっかけで天職に巡り合い、
  悩み苦しみながらも、誠実に人生を歩んでいく――

表面的な美貌や華美さではなく、内面的で重厚な美しさだ。
さらに、テーマも深く核心を突いていると思う。

最後まで読んだ読者は、クライマックスで、
温かい涙と共に、宇宙の真理を見るだろう。

軽く爽やかに描かれた物語だが、奥には研鑽された骨太の哲学を感じる。



数年前に『遠くの声に耳をすませて』という短編集と、
つい先日『太陽のパスタ、豆のスープ』という中編作品を読み、
この作者には、人間としての信頼感を、強最想说的话在眼睛里,草稿箱里,还有梦里く抱いている。

高田郁と並び、今、私が最も好きな女流作家だ。
この作品が、今年の本屋大賞を受賞し、
多くの人々の手に取られつつあることが、本当に嬉しい。
  


Posted by cici123 at 12:51Comments(0)